【卓球でアキレス腱断裂 体験記②】 看護師から患者へ。片足が使えない不自由さ

の続きです。

看護師から患者へ

「医学部」卓球部の大会で良かった

私が出場していたのは医学部卓球部の近畿大会でした。なので、周りには医師や看護師、放射線技師、検査技師、理学療法士といった医療関係者の卵がたくさんいました

もちろん卵だけではなくOBの方々も大勢おられたので、対応は迅速でした。救急車を呼ぶために119番してくれたり、励ましてくれたり、冷たい水を入れた袋、氷などを持ってきてくださったと思います。本当にありがたかったです。

大会で救急車を呼ぶことはめったにないので会場中から注目の的になりました。他大学が集まる大会は初めてだったので、私を知っている人はおらず、

「誰?」、「ざわ・・・ざわ・・・」

みたいな感じだったと思います。

救急隊が到着して、車いすに座り、会場中が注目する中、救急隊に押されながら車椅子で体育館を疾走していました。

玄関から遠いところで試合をしていたので、めちゃくちゃ長い道のりに感じました。痛みはすでに引いていたので、どんな顔をすればいいか分からず、とりあえずニコニコしながら見ている人たちに軽く手を振っていたと思います笑。

初めての救急車

初めて救急車に乗りました。。厳密には中学生の時の職業体験で乗っていたのですが、当時は医療者でもなかったですし、設備などの知識がある状態で乗るのは新鮮でした。患者として乗るのは初めてです。

意識はバリバリに清明だったので、救急外来に到着するまでの10分間程ですが、救急隊の方と無言で空間を共有していたのが少し気まずかったです。あと、案外救急車って揺れるなと感じました。

その10分間は、「どんな処置されるんだろうか」とか「これからの生活どうなるんかなぁ~」といろんなことを考えていました。

救急外来ではほとんど何もしてくれない

医療者ではない一般の方にはあまり知られていないのですが、救急外来ではほとんど何もしてくれません。

救急外来でされるのは応急処置です。なので、完全な治療ではなく、次にかかりつけ医の先生や整形外科なら整形外科専門の先生に診てもらえるまでのつなぎの処置を行うのです。

救急外来ではいろんな科の専門の先生がかわるがわる担当するので、どの先生でもできるような最低限の処置がなされるのです。

私の時は眼科の先生が担当されていました。

追記:画像ありました! 絵と全然違う。笑

絵は下手すぎて書いてて笑えます。このようにアキレス腱が伸びないようにつま先を伸ばすように固定し、松葉杖を2本もらって診察は終了しました。

「ん??大阪まで帰るんだけど松葉杖はどうしたらいいの?」というのが気になったのですが、

後から送付してくださいとのことでした。

しかし、救急車を使って、救急外来で受診して、これだけ多くの対応をしてもらっても普通の治療費でよいというのはなんて日本はなんてすごいんだと感じた記憶があります。

やれやれと思いながら病院を出たのですが、ふとあることに気付きます。

どうやって帰ろう・・・

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試合会場は愛知の常滑市。大阪までどう帰ろう・・・

「医学部」卓球部の大会で良かった

また同じタイトルですが・・・笑

病院から体育館までは車で10分ですが、歩くと相当な距離です。しかも松葉杖で歩いたことがない私にとっては絶望的な距離でした。

さらに試合会場は名古屋駅からおおよそ1時間30分道中は約20分も歩く必要があります。そして名古屋駅から大阪まで・・・そして大阪から自宅まで・・・・どうしよう・・・ってなっていました。

医学部の卓球部では自分の車を持っている人が結構います。タイミングよく帰る先輩がいて、名古屋駅まで乗せていただくことができました。本当に感謝でした。

名古屋駅まで送っていただいた先輩とは駅でお別れし、名古屋からは大阪までの高速バスを事前に予約していたため、そこは何とかなるかなと思っていました。

松葉杖のしんどさと褥瘡の痛みを知る

過去の松葉杖の思い出と言えば、小学生の時に誰かが骨折したりして松葉杖で学校に来た時に、好奇心でみんなで使わせてもらったりした記憶があります。

使っても一瞬なので松葉杖がどれだけ疲れるものかあまり想像できませんでした。(小学生なら当然か…)

大人になって初めて松葉杖を使ったのですが、何をするにも本当にしんどいたった数十メートル歩くだけで腕がだるくなり、息が荒くなり進めなくなります。

ご飯を食べるにも、名古屋駅の構内に入るのが一番近かったのですが、人が多く、すれ違う人にぶつかってこけてしまわないか・・・・と、とても恐怖しました。

確かマクドナルドに行った記憶があるのですが、お金を払うにしても松葉杖が倒れないように支えながら片足立ちをして、3日宿泊のための荷物を詰め込んだリュックと手さげのカバンを持ちながら、財布を出すのはとても難しかったです。しゃがむことはもちろんできません。あたりまえにできていたことが上手くできず、とてもつらかったです。後ろにもどんどん人が並ぶので焦りました。

さらにアキレス腱が切れた左足は内出血によりパンパンに腫れており、少し触れると痛みが生じます。なので常に膝を常に曲げなければ地面に足が付き痛みが生じるため、左足を脱力することもできなかったです。

休憩するための座る場所を見つけるためでさえ歩かないといけないので疲れてしまう。バスの停留所までがとてつもなく遠かった記憶があります。

バスの中でも問題はありました。一つ目は入り口の段差が登れない。ケンケンしようにも全身筋肉痛すぎたのと、振動がアキレス腱が切れた左足に伝わって痛むので3段程度ですが、苦しみました。

二つ目は左足の膝裏にシーネがあるため膝を曲げることができず、自分の席内に収まらないこと。

応急処置用のものだったためかシーネは膝上10センチほどまであり、膝がおおよそ130度未満に曲げれませんでした。

幸いにも通路側の席だったため、通路に足を投げ出すことで対処することができました。

もう一つが褥瘡です。床ずれのことですね。シーネは堅く、足にフィットしているわけではないので、かかとの部分に常に圧力がかかる状態になり、猛烈に痛くなります。

3日間の試合と、アキレス腱断裂と、松葉杖の歩行とで疲労困憊になっており、とてつもなく眠たいのですが、寝てしまうと猛烈にかかとが痛くなります。なので十分な睡眠はとれませんでした。

何とか除圧を繰り返しながらようやく大阪に到着したのでした。。。。

話は変わりますが、寝たきりの人はこの圧力がかかった状態を自分で回避できないのです。私の場合発赤程度でもピリピリと苦痛な痛みでした。皮膚剥離や潰瘍にまでなってしまった方はどれだけの痛みだろうかと想像を絶します

なので、看護や介護の職に関わる方は、褥瘡は絶対に作らないという気持ちで介護をしてほしいなと思いましたし、私も身をもって知ったことで必ずそうしていこうと改めて思いました。

つづく

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