【卓球でアキレス腱断裂 体験記③】 『頼れる人がいる』という安心感

の続きです。

おばあちゃんに入浴介助してもらう看護師

実家の(ような)安心感。

ようやく大阪に到着した私は、当時居候をしていた祖母の家にたどり着きます。

駅から家まで徒歩15分程度ですが、心も体もへとへとになっていたので歩く気力体力もなく、タクシーを使うことにしました。

何度も言うことになりますが、駅からタクシー乗り場まで、そしてタクシーを降りてから家に入るまでの道のりも休み休みで歩くしかなく、とんでもなく遠く感じました。

家につくと巨大リュックと手提げを持って出かけたはずの孫が松葉杖と悲壮感漂う表情を浮かべながらたたずむ変わり果てた姿に、祖母はこっちがびっくりするほどびっくりしていました。

とりあえず玄関に倒れ込む。横になるのがこんなにも楽だなんてええええ!

って感じでした。

24歳にして祖母に全裸を見られる男

寝てしまいそうになったのですが、私は一日一回必ずお風呂に入りたい性分なため、まずは汗でベトベトになっていた体をどうにかしたく風呂に入ることにしました。

家だと這いつくばって移動できるので、多少は楽でした。

ただ、私は昔オスグッド病にかかっており、脛骨の上端が若干前に飛び出しています。

小中学生の頃は少し足を曲げるだけでめちゃくちゃ痛かったのですが、現在では曲げるだけでは痛みません。

ですが、膝立ちなどは痛いのでハイハイはできず、横泳ぎの感じで移動していました。

ただこの時もアキレス腱部位へのすごく微弱な振動が伝わり痛みを生じます。

こういう負の体験が重なることでどんどん移動するのが億劫になってきました。

ずりずりと這いながら、浴室に何とか入って服を脱ぎます。左足は浴室の外に放り出してその他の部分を流すのですが、シャワーノズルや温度設定のボタンに手が届かず祖母に手伝ってもらいました。

24歳にして祖母に全裸を見られる男。 

手伝ってもらいながらなんとか洗い終わり(さすがに洗うのは自分でできました)、左脚は濡れたタオルで優しく拭きました。

もし一人暮らしだったら・・・

洗濯や食事の準備、片づけ、掃除などあらゆる家事を祖母にやってもらいました。歯磨きは自分の歯ブラシが届かず、とってもらい磨きました。

本当に頼れる人がいてよかったなぁと思いますし、心から感謝しています。

もし一人暮らしをしていたと想像すると食事の買い出し、料理、片づけ、掃除、洗濯・・・・どうなっていただろうと思います。

でもそういう状況で怪我をしてしまった人もいますよね。私は結構精神的に弱い部分があると思います。乗り越えている方は本当に強いなと尊敬します。

とにかく日常生活のなにをするにも自分の脚のポジションがとても気になります。少し気を抜くと

左足に力が入る➡痛む

を繰り返すので、シーネは付けたままにしました。あぐらはかけないし、足は延ばすとかかとが痛むしとでご飯もゆったり食べれませんでした。

一番楽な姿勢は左側臥位ですね。とりあえずシーネが応急処置用なので何とかしてほしいなぁという思いがありました。

トイレも大変

寝る前にトイレに行くのですが、これが大変。

便座に座るから楽だろうと想像されると思いますが、便座に座ると足が地面についてしまうため、自然と背屈してしまいます(つまりアキレス腱が伸びてしまう)。

なので、膝は痛いのですが、膝立ちした方が、足関節は底屈し、アキレス腱が伸びずに済むので痛みが少なくて済むのです。

ただし、膝立ちすると私の股間はちょうど便座の先端の高さになるのです。

便座の端に陰嚢や陰茎を置いて用を足す感じですね。

ちょっと汚いのでトイレットペーパーを敷いてその上に自分のモノをセットして排尿という感じです。

便座は陶器なので、とても冷たく、すこし温める作業から入ります。毎回移動とポジショニングに時間がかかるので大変でした。

ようやく寝れる体制が整ったころにはもう今にも寝そうでした。左側臥位が楽とか言ってましたが、この夜だけはどう寝たのかよく覚えていません。爆睡でした。

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大学を休んで病院へ

やっぱり筋肉痛

朝起きると両腕に激痛が。。。松葉杖で普段使わない筋肉をたくさん使ったからか、上腕三頭筋と三角筋がびっくりするくらい筋肉痛になっていました。

マジで動きにくいし動けない。ただ右足は大丈夫でした。足強い。

朝起きたらトイレに行きますが、まだポジショニングになれておらず、冷たさにびっくりしながら、左足に気を使いながら用を足します。

朝食を食べて、歯磨きをして、今の状態だと大学には行けないので診療所に行くことにしました。

近くの整形外科に行くことに。近くと言っても車で10分程かかるところなので、家に迎車してもらい、タクシーで行きました。

心身ともに疲労していたため、徒歩+バスで行くという選択肢は消えていました。

タクシーの運転手は私を見ると、車から降りてきて頭をぶつけないように手で保護してくれるなど優しかったです。

バスよりも圧倒的に高いので料金は高くつきますが、当時の精神状態的には「お金かかっていいから楽にしたい」という思いが勝ってしまっていたと思います。

これが後々響いてくるのですが・・・

つづく。

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